夕刻前、ちょっと古い宿のちょっと良い部屋(他に空きがなかったので)のちょっとくたびれた革張りのソファに座って、梁からぶらさがったランタンの下でオレは地図とにらめっこしていた。
なにしろ明日から山越えなのだ。どれだけ余念なくルートを研究したって周到に過ぎることはない。隣に座ったテリーは手持ち無沙汰に、どこかで見つけたらしい金ぴかのメダルを親指で高く弾いている。少なくとも路程を検するに際して、彼はあまり役に立たない。ゆくさきを決めるという事象に興味がないらしい。そして彼は興味のないことに対して、からきしポテンシャルを発揮しようとしない質だった。

半刻ほど一人であれこれ算段して、大方の目処が立ったところで頭を上げると、テリーはソファの背もたれに片肘ついて居眠りしていた。オレはわざとぱちんと大きな音を立ててデバイダを閉じた。うたた寝から醒めかけたテリーに「明日は野営だぜ」と声をかけると、「あ、そう?」と寝ぼけたような返事をする。
「思いのほか難儀しそうだよ」
「道がか?それとも敵か?」
「まあ、敵かな」
「そりゃ結構なこった」
言いながらテリーは右手に握りしめたままだった小さなメダルをなんの気なさそうに眼の前にかざした。ランタンの灯影に、金ぴかがきらりと応じた。彼が大きなあくびをしながらメダルをひときわ強く弾くと、キィンと微かな金属の音がして、メダルはほとんど天井近くまで跳ね上がり、一瞬の静止ののち大地と引き合って落下してきた――極めて幅狭の放物線が描かれる。テリーは無造作に左手を振りかぶって、落ちてきたコインを頭の上でぱし、とつかんだ。
オレは気まぐれに、意味もない問い掛けをしてみた。
「……表か、裏か」
テリーは眉を上げたが、すぐになにか確信を持っているような顔をして「表さ」と答えた。
「そう?自信ありげだな」
「20回やって、18回表だったから」
「ええ?!そんなこと、…」あるわけないだろ!

胡散臭げに相手を見やったら、流し目よこして鼻で笑いやがった。
握りしめていた左の拳を開くと――果たしてコインは、表向き。




おしまい。
1/11038の奇跡になったね…